洪水で工場が止まる。炭素排出への規制が厳しくなる。省エネ製品の需要が増える。
気候に関する変化は、会社にとって損失の原因にも、新しい事業の機会にもなる。
IFRS S2は、こうした気候関連のリスクと機会を、投資家などが判断できるように開示するための基準だ。
今回は、排出量の数字に入る前に、事業への影響と対応の考え方を整理する。
気候リスクは、2種類に分ける
S2では、気候リスクを物理的リスクと移行リスクに分ける。
| 種類 | 意味 | 具体例 |
|---|---|---|
| Physical risk:物理的リスク | 気候変動による物理的な影響 | 洪水、暴風雨、猛暑、水不足、海面上昇 |
| Transition risk:移行リスク | 低炭素経済への移行に伴う影響 | 規制の強化、技術の変化、顧客需要の変化 |
物理的リスクには、災害のような急性のものと、気温上昇のように長期的に進む慢性のものがある。
移行リスクは、環境への対応が進むことで生じるリスクだ。例えば、燃費の悪い製品が売れにくくなったり、排出量の多い設備の維持費が増えたりする。
S2は、これらに加えて、気候関連の機会も対象とする。IFRS Foundation:IFRS S2
リスクの名前から、事業への影響まで考える
「洪水リスクがある」では、会社への影響が分からない。
例えば、次のようにつなげる。
| 出来事 | 事業への影響 | お金への影響 |
|---|---|---|
| 工場が浸水する | 製造や出荷が止まる | 売上減少、修理費、代替生産費 |
| 炭素排出への負担が増える | 従来の製造方法のコストが上がる | 利益率低下、設備更新への支出 |
| 低炭素製品が選ばれる | 従来製品の販売が減る | 売上見込みの低下、資産評価への影響 |
| 省エネ製品の需要が増える | 新製品の販売機会が広がる | 売上増加、開発・生産投資 |
この表は理解のための例だが、実際は、立地、製品、仕入先、顧客によって影響が変わる。
同じ規制でも、ある会社には負担となり、別の会社には受注を増やす機会になる。
現在の影響と、将来の影響を分ける
S2では、現在の財務的影響と、予想される財務的影響を考える。
現在の影響/Current financial effectsは、当期にすでに生じたもの。例えば、洪水による修理費や保険料の増加だ。
予想される影響/Anticipated financial effectsは、短期・中期・長期の将来の影響。例えば、省エネ設備への投資や、製品需要の変化に伴う収益への影響がある。
金額だけでなく、前提や不確実性も重要になる。IFRS Foundation:現在・将来の財務的影響
例えば、説明用に次の計画を考えてみる。
今後3年間で省エネ設備に1億円を投資し、稼働後は年間の電力費を1,500万円削減する計画。ただし、削減額は電力価格と稼働率に左右される。
これなら、必要な資金、期待する効果、不確実な要素が分かる。
必ず将来の金額を正確に出せるわけではない。影響を個別に識別できない場合や、測定の不確実性が高すぎる場合などには、定量情報に関する救済措置がある。
その場合も、「分からない」で終わりではない。金額を示さない理由や、定性的な影響などを説明する必要がある。IFRS Foundation:将来の財務的影響に関する解説
シナリオ分析は、会社が変化に対応できるかを考えるもの
S2では、気候レジリエンス/Climate resilienceを評価するために、気候関連のシナリオ分析を使う。
レジリエンスとは、気候に関する変化や不確実性に、会社が対応する力のことだ。
シナリオ分析では、例えば次のような異なる将来を想定する。
| 説明用のシナリオ | 確認したいこと |
|---|---|
| 脱炭素化が速く進む | 規制や技術変化に、製品・設備が対応できるか |
| 脱炭素化が遅れ、温暖化が進む | 猛暑や洪水などに、拠点・供給網が耐えられるか |
これは「どちらの未来が必ず来るか」を当てるものではない。
異なる条件でも事業を続けられるか。弱い部分はどこか。設備や拠点を変える余地はあるか。そうした点を調べる。
分析の方法は、会社の状況に見合ったものでよく、すべての会社に同じ高度なモデルを求めるわけではない。ただし、分析に用いた前提や、評価から分かったことの説明が必要だ。IFRS Foundation:シナリオ分析の解説
移行計画は「目標までの道筋」
移行計画/Transition planは、低炭素経済への移行に向けた会社の計画だ。
例えば、製造会社なら次のような内容が考えられる。
- 燃料を使う設備を、電力で動く設備に切り替える
- 排出量の少ない原材料への調達変更を進める
- 新製品への投資を増やす
- 実行に必要な資金や人材を確保する
S2自体が、すべての会社に移行計画の策定を義務づけるわけではない。ただし、移行計画がある場合には、その内容を含め、気候関連の対応について重要な情報を開示する。IFRS Foundation:移行計画の開示
「2050年にネットゼロ」という目標だけでは、そこまでの道筋が見えない。
何を変え、いつ実行し、いくら必要なのか。まだ実用化されていない技術や、仕入先の対応にどれくらい依存するのか。そうした点も読みたい。
4つの柱で、対応の実態を見る
S2も、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の4つで構成される。
例えば、洪水の危険がある工場なら、次のように情報がつながる。
| 柱 | 説明する内容の例 |
|---|---|
| ガバナンス | 誰が洪水対策と投資判断を監督するか |
| 戦略 | 防水対策、拠点分散、移転をどう検討するか |
| リスク管理 | 拠点ごとの被害の可能性と影響をどう評価するか |
| 指標と目標 | リスクにさらされる資産や、対策の進捗をどう測るか |
気候リスクを見つけるだけでなく、会社の意思決定と数字にどうつながっているかまで読むことが大切だ。IFRS Foundation:S2の開示内容


コメント